歴代シェフインタビュー: 第3回 2009年代表 ラヴニュー 平井茂雄シェフ(後編)

2022年8月19日金曜日

WCM21/22 インタビュー 大会-概要 大会-日本

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 「ワールド チョコレート マスターズ」(以下「WCM」と表記)に出場された歴代シェフの皆様をご紹介。

神戸北野の「ラヴニュー」オーナーシェフである平井茂雄シェフのインタビュー後編をお楽しみください!
前編はこちら

重圧から解き放たれ、エンジョイしたことでつかみ取った世界一の称号

― 当時グランドハイアット東京でスーシェフを務めていた平井シェフ。2009年WCM出場のきっかけはなんだったんでしょうか?
もちろん、水野君(注:第2回 2007年日本代表 水野直己シェフ)の優勝がきっかけにはなってますよ。当時はさほど話したことはなかったんですけど。フランスから帰国した翌年の2004年、30歳の年に初めてコンクールにチャレンジしたんです。長くても10年以内に結果が出ないならやめようと思ってたんです。一生続ける必要もないでしょうし、ある程度の期間を決めた中で、自分が興味を持ったことにチャレンジしようって思ったんですよ。

その中で、徐々に自分の見えてくる先が明確になってくるんですよね。最初はモノが作りたい、チャレンジしよう、大会に出ようっていうところから始まり、自分のスキルが上がってステップアップして、自分のステージが変わってくると、世界大会が見えてきたんですよね。大会に自分が出た時にちょうど水野君も出ていて、やっぱり衝撃的な作品を作っていた。その職人が2007年にWCMで優勝した。「あ、世界大会って国籍に関係なく、自分がすごいと思った人が正当に評価される大会なんだ」と思ったんですよ。自分の感覚って間違ってないんやなって。それでWCMに対して俺も興味がでたっていうことです。

その前にもっと細かく言うとね、クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー(以下CDM)の日本予選があって、それがWCMの予選の前だったんです。俺はその時、自分が1位になったなって思っちゃったんですよ。でもそれが2位で終わっちゃって。CDM国内予選が3月。水野君のWCMの時は、その翌年3月に国内予選だったんですけど、俺の時は12月だったんです。WCM予選のタイミングが例年より早かったんですね。

CDMが終わって、2か月後くらいに「WCMの書類選考は10月です」と発表があったんです。コンクールを続ける気はあったけど、気持ち的にはまだ乗っかってない時期。迷いながら、ギリギリになってやっぱ出ようってなりました。それを決めたのが、書類選考締め切り2週間前ですよ。その日から型起こしして、急ピッチでぶわーって作って。二週間でとりあえず写真撮りの所まで無理やり仕上げました。出る出ないはさておき、アイディアはずっと考えてたんです。でないと間に合わないですよ。書類選考が通ってから、細かいところを決めていきました。

壁からアングルの平井シェフ

― 前回大会、総合優勝の水野シェフに続き、日本代表が2連覇達成、さらにベストショーピース賞・ベストプレス賞の2つの部門賞を獲得という大快挙でした。当時の思い出話があればお聞かせください。
やっぱり緊張とプレッシャーがすごいありました。その根源っていうのは、世界大会に出たことがなく、ヨーロッパにすごいシェフが必ずいる。100m走のように基準が同じで数字に出るような物じゃない。19カ国の審査員が、それぞれの主観で点数をつけるので、全てその人の主観でしかないんです。自分が目いっぱい走って120%の力を出していいものを作ったからといって、優勝できるかわからないんですよね。

だから相手の動向って心配なんですよ。間違いなくフランスが、自分の前には必ず立ちふさがるといいますか。フランスが連続して勝つことはあり得るんです。フランスがフランスで大会を運営してるから。前回大会で水野君が優勝して、世界大会で特にアジアの国が連覇するって、そもそも前例もないですし、難しい部分っていうのはありました。
ただ、フランスが多少ミスを犯したんですね。人との見えないところの競争で相手が勝手に崩れてくれたんですよ。失敗したことに喜んでる訳ではなくて、そのプレッシャーがなくなった。それって俺にとってすごく大きかったんです。

第1グループがフランス、第2グループが日本。10個ブースがあってね、1~5、真ん中にスペースがあって6~10。フランスも自分も7のブースで、まあまあど真ん中の、一番注目を集める場所。明らかに審査員も集まるし、観客も見に来る。そこでフランスが明らかにすごいものを作ってる。やっぱり世界大会ってすごいなって思った。まだ全貌が見えてないけど、間違いなくすごい。「いや、ちょっともう見てられへん」と思って外に出たんですよ。じゃあ水野君から電話がかかってきて「平井さんどこ?フランス壊したよ」って。「え、マジ?」と思って、もうそこで若干ほっとしました。根元の軸が折れたんです。完璧に壊れてなくても、折れただけなら戻せるんですけど、一回潰してしまうと本人もパニックになっちゃって。

順番が逆なら俺がそうなってると思った。フランスからすると「日本はすごいのを作ってくるから、絶対失敗できない」っていうプレッシャーの中でモノを作ってる。でも彼が先にその重圧に耐えられなくて潰れちゃったもんやから、俺にはそのプレッシャーがかかってないんですよ。後のグループを引いた自分の運命でもある。それを言うとCDMの予選で優勝しなかったから、自分は今その場所にいる。だから僕は、その手前で希望通りにならなかったことを悔やむよりかは、そのタイミングでそこに立てることが自分にとって一番よかったんやなって、実際その時に一番思いました。

そこからはもう、楽しくて楽しくて。そこからはエンジョイして作れた。すごい嬉しいよね。もう間違いなく自分のものを作れば評価されると。さらに本当の対抗馬がいなくなったから。でも実はそう言っても、2位のアメリカもすごかったんですけどね(笑)。見た瞬間のインパクトはあまり無いんだけども、後からよ~く見ると、「これってもしかして、一日かけて審査して翌日になって見たら、こっちを選ぶ人いるんちゃうか?」っていうような作品をアメリカは作ってた。決められた時間内で採点してってなると、ファーストインパクトの方が優先される。あ、ここ、うまいこと書いてね(笑)。こいつ、こんなこと考えてたんかってなるから(笑)。

WCM2009当時の写真
WCM2009当時の写真

それで、楽しくなってからはもう仕事が、頭がすごい回る。「あ、もう次これやろう。普段なら次このタイミングではこれ行けないけど、今やったらこのタイミングでいけるんちゃうか」ってなるとどんどんどんどん、決められた時間より短い時間でものが進む。短い時間でものが進むと、さらに余裕がある気持ちになるから、本当ならもっと丁寧にやりたいところを落とし込める。タイムレースの中で、8時間半ってやる中で、最初はタイトに進めないと間に合わないってものが、3時間4時間5時間進むと、「あれ?普段より早い。30分ぐらい余るんちゃうか」っていう風な感覚になると、さらに視野が広がる。応援してくれる子の顔も見れる。今は無理やけどもまだ当時はフランス語喋れたから(笑)、審査員が来たら「ちょっと見てよ」っていうアピールもできる。

平井シェフの周りに審査員が大勢
平井シェフの周りに審査員が大勢…!

フランスが上がってくることはないだろうけど、アメリカも良い作品作ってたんで、トップ3もしくはトップ2には入っただろうと思った。審査員ともコミュニケーションがある程度とれて、「すごいよね」っていう風に言われていることと、審査員が日本のブースに集まってるっていうのが明らかに分かってたんで。ブースに審査員が集まる選手は必ず残るんです。審査員に「何が行われているんだろう?何ができ上がるんだろう?この選手は何をやろうとしてるんだろう?」と思わせるところには必ず点数がつく。でもやっぱり一位になれるかどうかっていうのは判らない。

ただね、うちのスタッフは発表前に僕が優勝するってことがわかってたらしいんですよ。フランス人が順位表を持って歩いてるのが、選手側にはわからないんですけど、観客には丸見えやったんですよ(笑)。それで、ついてきてた子たちは、「はっ、優勝や!」って。自分には言わないですよ、実は見えてたんですって(笑)。その当時に手伝いに来てた二人の女の子と、当時パリにいた男の子。彼らがラヴニューのオープニングスタッフで来てくれたから、今があるってわけですよ。今はもう全員いなくなりましたけどね。10年経って、ちょうど今最後の子が独立準備をしてます。
終わり?いやもうちょっと?(笑)俺の話が長すぎやな(笑)

WCMで生まれ、今も愛される「MODE(モード)」とは?

― 当時のレシピを再現した代表作はラヴニューでも1番人気のケーキ「モード」ですが、どのようにして生まれたのでしょうか?
左:現在お店で提供されているモード  右:当時のモード断面図(画:平井シェフの奥様)

大会のテーマが「オートクチュール」だったんで、モードという名前にしました。構成に関しては、色々あったんですよ。自分はモノを考えるときに ベーシックに自分が作りたいと思ったところにイメージを膨らまして肉付けしていくっていう思考なんです。チョコレートの大会なんでもちろんチョコレートを使うじゃないですか。そこにアプリコットフレーバーとヘーゼルナッツのフレーバーを組み合わせたチョコレートのアントルメを作るっていうところから始まってますね。

それをいかにしてビジュアルとかに落とし込むかっていう作業がその先にくっついてきただけなんです。じゃあ、なぜ縦の層になったかっていうと「オートクチュール」っていうメインテーマの中に関連する部分を、人は分からなかったとしても自分の中では繋がりとして必要だったんですね。他に5種目ある中で、モードはストライプをビジュアルのテーマにしてるんですよ。

複雑な構成のお菓子なんで、横に層がたくさん入っていると、柔らかい・硬いっていうのが交互に来るんですよね。そうすると、どうしても同じスピードでナイフやフォークが入らない。ということは、口にいれた時も入らないってことなんですよ。それを解消したくて縦の層にする。フォークを縦におろした時は必ず同じ硬さになって、一番下の生地が最終的に引っかかって落ちるっていう風になるんで。カットした時にケーキが潰れないっていうアイディアです。

日本を含めて19か国出ているので、人によっては、状態が悪ければぐちゃっと潰されるかもしれない。そういったことが極力ないように、3つのフレーバーであるビスキュイとアプリコット、ヘーゼルナッツのセットをワンスクープで口に運んでもらえるようにっていう計算です。

なぜ田中二朗シェフがWCM21/22日本代表に選ばれたか?

― WCM21/22についてどう思われますか?
メインのテーマが#TMRW(明日)なので、間違いなく未来的な表現がないとダメでしょうね。それはもう大前提としてあります。ただ、様々な国のシェフが審査するっていうことだから、未来を表現する時の共通認識の上をね、あまり行き過ぎると未来感っていうのが共有できなくなるので、そこを捉えておかないと難しいのかなって思います。どの明日、未来っていう部分を表現するのかが明確でないと、難しいですね。#TMRW(明日)ね…。考え方としてはね、現在があるから明日があるとも捉えられるでしょうし、単純に現在・過去を考えずに未来だけを捉えるっていうこともあるよね。

― 今大会で田中二朗シェフが日本代表に選ばれた理由は?
選ばれた一番の理由は、一番能力が高かったからと思います。コンクールでもそうだし、モノを作っててもそうなんですけども、必ず評価対象というか、お菓子であれチョコレートであれ、食べ手がいる。作った作品に対してはそれを評価する人がいる。そういう対象になる人のニーズを綺麗に押さえられるシェフなので、やはりとても秀でているシェフです。

なのでもう、選択の余地がないぐらいでした。今回の国内予選に関しては、一歩下がっても見えないですし、二、三歩下がってやっと見えるぐらいのところの差だったんで。彼と同年代もしくは年上でキャリアがある審査員が見た時に、その人たちに対して驚きを与えられたっていうのが一番の要因やと思います。確かに驚きました。あ、すごいの作ってきたなと。まあこういう表現をするって面白いよね、って風に私自身も思ったんでね。


平井シェフの夢と、WCMを目指すパティシエたちへ

― コンクールを目指すパティシエの皆さんにアドバイスやメッセージをお願いします。
こういうことやろうと思ったら、どうしても環境を整えないと難しいところがあります。ただその環境っていうのは与えてもらえる環境と、自分が作る環境との二つがあると思うんですよ。もちろん、環境自体を与えてもらえる場所にいなければそもそもチャレンジできないでしょうし、与えてもらった環境の中で、自分がその中で集中できる環境を作らないといけない。それができる子、できない子で上がれるステージが変わってくるんです。

学生さんの頃からこういうコンクールに励むのも、もちろんいいんでしょうけども、それ以上にモノ作りっていうところを楽しめないと、その環境というのは間違いなくできないので。そこかな、一個のアドバイスとしてはね。それを作るためには元々、自分の持っていた信念だとか原点っていうところに立ち返らないといけない。そういうのは、色んなことが起こって見えなくなるんで、そういったところを大事にしたほうがいいのかなって思います。

要するに、この業界に入ってきた意味合いや、なぜWCMに対して興味を持ったのかっていうところの原点に立ち返って、それを取り込める方法を考えられる人になってほしいと思ってます。そうでないと、たぶん向き合えないと思います。

― 今年でお店がオープン10周年を迎え11年目となりましたが、現在最も力を入れているのはどのような活動ですか?
やりたいことはいっぱいあります。お店的なこと、個人的なことと、業界的なこと、三つあるんですよね。お店的な事っていうのは自分の作るお菓子に対して興味を持つのか、お店に対して興味を持つのか、どちらかは分からないですけれども、そういう風にお店を含め、自分に対して興味を持ってる子たちが職人として集まっている以上、 お店は多少なりとも繁栄させていかないといけないと思ってます。

現在のお店の様子

その中にあるのが、自分自身の欲求を満たす部分です。それは直近で言えばアイスクリームとクレープのお店。将来的にはやっぱりヴィエノワズリーとパン。さらにもしできるならビーントゥバーとかね。そういったものが事業的なところで、自分の欲求を満たす部分。

あと、業界的なところに関しては、お店の枠を外れたところで後進を育てる。業界のイベントだとか集まりというのが、この業界あるんでね。WCMもその一環だと思ってます。若い選手、若い職人さんが目指したい大会にするべきだし、その選手が大会に出るってなった時に費用的な負担を考えなくてよくなれば。大会に出る色んなことを考えないといけないので、その中の一つでもクリアにさせてあげることを、我々がやっていかないといけないのかなって思ってます。


― インタビューを終えて…
平井シェフ、お忙しいところお話をお聞かせいただきましてありがとうございました!
生まれ育った神戸の地でオシャレなマウンテンバイクを乗りこなし、インタビュアーの突っ込んだ質問にも真摯にお答えしてくださる、お日様のようなシェフという印象でした。
白と黒の意見を対立させず、自分なりのブレンドで新しい色を生み出すような、素直で広い心を持ったシェフに、スタッフ一同惹きこまれました!
これからのますますのご活躍をお祈りしております。

シェフプロフィール :
平井 茂雄
ラヴニュー オーナーシェフ
神戸市生まれ。辻学園日本調理師専門学校を卒業後、コムシノワに入社。
渡仏してホテル、パティスリー、ブーランジュリーで2年間修行して帰国した後、グランドハイアット東京に入社。
2009年に「ワールドチョコレートマスターズ2009」で優勝しワールドチョコレートマスター2009の称号を得る。
2011年にはフランスのチョコレートブランド、カカオバリーのアンバサダーに任命され、2012年春に神戸・北野に自身のショップL'AVENUE(ラヴニュー)をオープン。
2013年一般社団法人日本洋菓子協会連合会公認技術指導委員に就任。

SHOP INFO :
L’AVENUE
〒650-0003 兵庫県神戸市中央区山本通3-7-3 ユートピア・トーア1F
Tel / 078-252-0766 Fax / 078-252-0767
E-mail / info@lavenue-hirai.com
営業時間 / 10:30~18:00(日・祝~18:00)
定休日 / 水曜日 (火曜日不定休) 


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