「ワールド チョコレート マスターズ」(以下「WCM」と表記)に出場された歴代シェフの皆様をご紹介。
京都府福知山の「洋菓子マウンテン」オーナーシェフである水野直己シェフのインタビュー後編をお楽しみください!
前編はこちら
WCM日本人初優勝の大快挙!アニキ(アステリスク 和泉光一シェフ)との連携プレー
― WCM2007に出場され、20か国の中で見事優勝、そしてアントルメショコラとピエスモンテの2つの部門賞を獲得されました。当時の自信のほどは?
毎回100%優勝と思ってますよ(笑)。これは負けるって思ったことないです。絶対俺だって思いながらやってる(笑)。それは、練習を効率よくやり込んできたからだと思います。
― WCMのテーマ「自国の神話と伝説」でシェフは「天狗」をテーマに選ばれました。
僕は元々自信があるのは人体なんです。「神話と伝説」ってめちゃめちゃ広いテーマじゃないですか。世界中の審査員がわからないと、見たことないモンスター作っても絶対わからない。人の形は作品として惹きこまれる部分もあるから、まず見てもらえるように人を作って、それに理由付けで天狗にしていこうと。「この天狗っていうのは日本に伝わる風の神様で~」とか?本当かどうか知らないけど(笑)、そんな感じがいいかなって。風で邪悪なモノを振り払う…のかな?本当か?(笑)まあ、そんな感じです(笑)。
― 大会中は余裕がありましたか、もしくは切羽詰まっていましたか?
めちゃめちゃ余裕あったと思いますね。フランスで修行してたし、元同僚のフランス人も僕を応援してくれたし、アウェーでやってる感じがなかったですね。運営側の共通語がフランス語だから、言葉がわかるんですね。ある程度会話が成り立つと可愛がってもらえるし。めちゃめちゃ練習してたんで、絶対間に合うと思ってた。
ただ、トラブルはあるんでね。まず、めちゃめちゃ喉渇いて(笑)。アニキに「喉乾いたっす。アニキ、コーラ買ってきて」って。コーラとついでにね、パンオショコラも一緒に買ってきてくれたんです。腹減ってんじゃないか?って。優しい。
作業のトラブルはほとんどなかったんですけど、共通のバックヤードで自分の色粉が誰かに取られちゃったんです。だからまた「アニキ、あの色粉がないです」って(笑)。そしたらアニキが、バックヤードの箱をバカバカ開けて(笑)ちょっと違う色だったけど、近い色の色粉を取ってきてくれた。それ返したのかな?(笑) 包丁セットとか、色んなものがなくなりました。でも助け合いで現地にいる子たちの中でスプレーを貸し合ったりもしましたね。
WCMで生まれたボンボンショコラ「杏と塩」の誕生秘話
― 今もお店で永く愛されるボンボンショコラ「杏と塩」ですが、当時の大会では「ドロップ」と名付けられていました。
当時運営はフランス語でも、審査員は英語を話す人の方が多かったから、フランス語の作品はやめたんですよ。誰にでもわかりやすく、英語で名前を付けていこうと。
天狗は「天狗」のままにしたのかな?アシェットデセールは「エレガンス」。「インターセクション」っていうのは、「味の交差点」っていう意味。
アントルメ、これは逸話があるんですけど「サーモン」。コーヒーとヘーゼルナッツ、マスカルポーネ、ショコラ、カルダモンの組み合わせ。大会が秋に行われたので、秋が似合う名前にしようと思って「秋の味」って英語翻訳にかけたんです。「秋」「味」にしたつもりが「秋」「鮭」になってて、「サーモン」って名前つけちゃった、大間違い(笑)。当時はこういう英語があるのかな?って思ってた(笑)。
とにかく、色んな国の人にしっかり伝わる内容にしたいっていう思いで、神秘的な一瞬を切り抜いたっていう意味で「ドロップ」ってつけました。審査員が名前を知って「どういう意味?」でなった時に、あまり意味が遠すぎるよりは…多分サーモンは遠すぎて分からないと思うけど(笑)、「あ、そういう意味か」って伝わるような名前にしました。
― 「杏と塩」のレシピが生まれた経緯を教えてください。
僕はチョコレートのコンクールをやり始めてから、ずっとアニキにトレーナーについてもらってたんです。新しい作品ができたら写真撮ってアニキのところに持っていく。何かショコラの食べ物を作った時はアニキのところに持って行って食べてもらう。大きな作品ができた時は「できました」って言ったらスタッフの原チャリに乗って見に来てくれるんです (笑)。WCMの国内予選が行われる一年前、ドイツの大会に出た時もトレーナーについてもらって、ボンボンショコラを8~10種類ぐらい作るんですよ。アニキが「あれ美味しかったよね」って一番気に入ってたのが杏のボンボンショコラなんです。
日本予選に通った後に、実は全然違う作品も作ってたんです。天狗はダメだ、ボンボンショコラはあの杏のやつが美味しかったから、あれに変えよう、とか色んなことを教えてもらいながら出来上がったんですよね。
一般の方のWCM21/22の楽しみ方&田中二朗シェフの注目ポイント
― チョコレートのプロではない一般の方がどのような点に注目すると、大会がより面白くなると思いますか?
そもそも、テーマの#TMRW(明日)がめちゃめちゃ難しいもんね。誰も見たことない、僕らが今思い浮かぶもの以外のものを作らないと評価されないよね。
一般の人が楽しむっていうのはどういうところなんだろう?例えば、僕の中の審査基準やモノを作るときに大切にしていることって、チョコレートの美味しさが作品から出るように、ということ。ピエスモンテや食べないものであっても、色合いや柔らかいカーブの曲線美は意識して作りますね。
本来ピエスモンテってパーティの中の雰囲気を作ったり、彩りを与えたものだったりするので、そういう部分をあまりないがしろにしたくない。この作品はパーティにあったら似合うだろうな、という基準は自分の中にありますね。
― 日本代表の田中二朗シェフに期待するのはどのようなところでしょうか。
2018年第7回大会でアーティスティック部門審査員長をやらせてもらった中で一番思ったのは、いかに大会で自分の想いを伝えられるか?
僕とか平井さん(ラヴニュー 平井茂雄シェフ)の時はある程度雰囲気で、フランスで修業していて言葉ができるから伝えたいことが伝えられてたと思うんですけど、今や世界中にライブ配信される大会になり、共通言語が英語になっている。英語でいかに正確に、作品への情熱を伝えるかっていうのが大事なポイントになると思います。
二朗ちゃん(カルヴァ 田中二朗シェフ)は今回通訳と同行するけど、映画の吹き替え版みたいに、自分なりに熱く伝えたものをもっと面白く、字幕より吹き替えの方が面白いっていう風に、最低でもしてくれる人じゃないと面白くなくなっちゃうかもしれない。通訳って本当に大事なところだと思いますね。
福知山から発信したいこと、後進を育てる今後の想い
― 「洋菓子マウンテン」というお店からどんなことを発信していきたいですか?
美味しいものを作りたいだけです。自分はすごい、とかは興味がないです。洋菓子マウンテンが美味しいお店であり続けるために、僕は裏方でよくて。一番今食べてもらいたい人は、買いに来てくれるお客さんなので、二回三回来てくれるように。
フランスで一番感じたのは、都会だからクオリティを保てるんじゃなくて、田舎でもすごく美味しくて、土地の人たちが誇りを持っている店がたくさんあったんです。とにかく田舎を言い訳にしない。うちのスタッフは福知山の子が一人もいなくて、むしろ都会から来てる。埼玉、大阪、名古屋、広島…。皆やる気がありますよ。うちにいる間は、僕が経験してよかったことを伝えます。努力すれば、手に入れられるものがあるということも教えたいと思っています。
うちを卒業した子たちで、何人か名前のあるショコラティエになってる子がいて。彼らはうちにいた時も精一杯やったけど、その後も努力し続けてるんで。そういう子がいてくれると、今いるスタッフが卒業した後も頑張ってくれるだろうし。そのへんは自分がやりたいことかな。
WCMに縛られたくないっていうか、WCMチャンピオンがシュークリーム作っちゃダメって感じあるでしょ?そういうのは別に気にせず、美味しいものを作りたい。もちろん、チャンピオンのお店に来ました!って言ってくれるお客さんのために、カテゴリーは残します。その人達のために向こうの部屋(CELLAR DE CHOCOLAT)があるわけで。
― 今お店にいらっしゃるスタッフさんがコンクールやWCMに出るとなったら?
指導はすると思いますよ。でもそんなレベルになかなかならないです。
というのも、僕はこの店に入ってから5年間働いたら卒業って決めてます。僕も色んなところで仕事して色んなものを得られたから、次に行くのがいいと思ってます。5年ではWCMには出られないし。例えばWCMの予選に今の段階で出てる子がうちに来たら、出られると思います。もしそういう子がいたとして、最初にやらせるのは英会話かもしれないです。
僕はびっくりするくらい全然ダメ(笑)。でも、外国の人にはなぜか道端ですっごく話しかけられますよ。全部フランス語で返す(笑)。でも、相手は聞こうとしてるし僕も伝えようとしてるからちゃんとわかる。その人、切符買ってちゃんと電車乗ったもん。大会やオフィシャルな場では別ですけど、わかろうとする人、伝えようとする人の意思が繋がれば言葉はいらないです。
― インタビューを終えて…
インタビュー中に涙が出るくらい、面白いエピソードばかりの楽しいインタビューとなりました。
また、インタビュー当日はお店の2階カフェスペースでお話を聞かせて頂きましたが、時折いらっしゃるお客様に「すみません、お邪魔してます(笑)」と声を掛けられたり、スタッフの皆さんとも和気あいあいとお仕事されている様子も垣間見えて、シェフの優しいお人柄がお店にそのまま表れているようでした。
水野シェフ、お忙しいところお話をお聞かせいただきありがとうございました!
水野 直己
洋菓子マウンテン シェフパティシエ